春はあけぼの。
光が差してきた。
10周年ツアーと題されたそれは各地で開催され、物販も、
めせもあ9人が住むお家に、私たちオタクは、観客は「10周年の
ソロの披露時ですらメンバーが見守ることもあり、
そこには間違いなく9人が待っていた。
2年前。
平和島ではメンバーが1人で、ソロライブをしていた。
秋が過ぎれば、座席の間隔を空けて声を抑えて、
少しずつ少しずつ積み重ねて。
ステージには9人がいて、
大きなセット、
こんな風景を大好きな推しには、推しグループ達には、
もっと、もっと多くの光を!
ツアーファイナルでは、
最後まで喜びに溢れた春ツアーだった。
節目の年は、すこし怖くなる。過去の経験則からだ。
実際、ファイナル公演、メンバーから重大発表と告げられ、
過ぎる不安があれど、自分は勘もよくない、観察眼も鋭くない。
目指していた日本武道館公演が決まったのが事実。
そしてその日のステージで推しが「探してた未来の向こうへ 旅は
でも、すごく、素敵な歌唱だった。
やうやう白くなりゆく。
ホールであんなに素敵な表情を見せてくれた俺たちのアイドルは、
もちろんホールや更に広い会場での成功は望ましく、
楽しかった!!
10周年の日をお祝い出来たのも、
こうして、
それは6月の真ん中の日。
その日の推しの踊ってみたのソロは、
会場をぶち上げるというよりは、
でも初めて見た時とは全然違う。
まだまだ推しの進化が見られることが楽しみになった。
卒業発表はその翌日だった。
夏は、夜。
月明かりのない闇をさまよう蛍。
梅雨入りしているはずなのに、
わからない、わからない、と呟きながら6月下旬を過ごした。
今見るとひどく雑で乱暴で、多分この記事はそのうち消す。(
卒業発表した週末、特典会があった。
よりによって最初の部だった。
朝起きて、電車に乗って考えてたら急に話すのが怖くなった。
その日は福島のソロの感想を言った、半泣きになりながら。
推しはこの直後に自分の言葉で卒業への経緯をキャスで話してくれ
大変わかりやすく、事実と感情の配合が素晴らしく、
推しは卒業を選んだ。じゃあ私はどうしたら?
いつまで迷うんだ。
翌日には奈良のライブハウスに足を運んだ。
ライブ前にお知らせがあることは、そうだろうと思ったけど、
めせもあのライブはいつも通りに最高の状態で行われた。ただ。
話した事はないけどよく見かけたあのオタクが泣き崩れてる。
私は、ライブすら楽しめなくなるのか?1年半?
いやそもそも、何しに来てるんだ。楽しみに来てるのに、
1部後に深く反省した。2部は何が来ようと全力で楽しむ
有言実行。とてつもなく楽しんだ。やはりステージは能動的に楽しまなければと気づいた。
その後は福岡で特典会があった。対面で話す時間。
考えたが、元々話したいなと思ってたことがあったのもあり、
福岡では、友達ともよく話して共感させてもらったり、
同じ時間を共有してきた大切な友達の言葉は、
自分の気持ちが整いつつあるのを感じながらも、
時間が解決することはわかっていたが、
気持ちを伝えるのが怖い。自分の話をしても迷惑かも。発表以降、
いま思っている・伝えたいこと。
よく内容は考えて。
画面越しの相手には届くよう・失礼のないようには整えたけど、
結局話したのは、「どうしたらいいかわからなくなってしまった。
この今、何を伝えたいか考えたら、
もう言い逃げ!みたいな気持ちで臨んだけど、
そうだった。いつだって一方通行の思いだけど、
少しずつ少しずつわかって来ていたものが、この時間を経て、
今までのままで、いいのだと。
いつだって後悔の無いように推してきたから、
今までと、何一つ行動を変えることなく過ごせばいい。
卒業だから頑張って何かすることもない、
こんっっっっっな簡単なことに落ち着くのに、時間を要した。
自分が馬鹿なのもそうだけど、
寂しかった。
お別れの日が急に見えた。寂しかったというか、
それに加えて、もう超バカを晒すけど、拗ねた気持ちがあった。
だから「そんな卒業するなんて教えてくれなかったじゃん。」
教えてもらえる訳なんかないのに。
悔しかった。
離れると決断した人も、推しに優しい言葉をすぐかけられた人も、
綺麗な言葉は嘘になりそうで、
なんて自分は普段から何も考えてない、
これが美しくないけど、素直な気持ち。
秋は、冬は。これから迎える。
暫定の、今の気持ちは自分の中に落ちてきたけど、
もしかしたら急に卒業することに絶望して他界します!!
でも今は。
果たされないかもしれない約束は、誓えない。ずっと。
そんな自分をこのまま続けようと思う。
秋冬までとすら言えなくても、私の手の届く未来は、